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新作人気モデル MIPS RYFT Winter Bolle Forest CM 59-62 L ヘルメット

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【商品名】
Bolle Winter RYFT MIPS Forest L 59-62 CM



【商品説明】

パッケージ重量:1.1ポンド
製品タイプ-屋外レクリエーション製品
原産国:フランス
パッケージ寸法縦-9.75インチ×横5.75インチ×高さ0.375インチ



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パッケージ重量:1.1ポンド
製品タイプ-屋外レクリエーション製品
原産国:フランス
パッケージ寸法縦-9.75インチ×横5.75インチ×高さ0.375インチ




ボルレ冬32047 RYFT MIPS FOREST L 59-62 CM

RYFT MIPS
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今回の写真展は、著作権改正運動をはじめ、写真文化の発展に貢献された故渡辺義雄(文化功労者)先生の写真原版および作品を、ご遺族から「日本写真保存センター」に寄贈されたのを機に、先生の代表作である「伊勢神宮」と戦後一早くイタリアとモスクワを訪問して撮影した作品を再編して展示したものである。プリントはとりわけ美しい・・・・。

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渡辺先生のゆかりのある人、著名な写真家、写真業界の人たちなど大勢の方たちが出席した。この展覧会はまで大阪ニコンサロンにおいても開催される。
乾杯の音頭は、日本写真著作権協会会長の田沼武能さん。JPSの草創期の頃の渡辺先生の奮闘ぶりなども紹介した・・・。くしくも今年は、渡辺義雄先生が亡くなってから17回忌にあたる。
現JPS会長と前JPS会長のショットは珍しい~!☆ 突然入ってきた右側の人は、何処の誰だかわからないなあ~!!
イベリコ豚の燻製は、人気があった・・・。
僕、松本徳彦JPS副会長、写真家の飯島幸永さん。飯島さんとは俳句仲間でもあり、かつてはJPSの理事も一緒にやったずいぶん前からの付き合いだ。

JPS会長、副会長を囲んで。これも珍しいショツトである。
僕と渡辺義雄先生との出会いは、僕の師である故田村茂先生と渡辺先生との親しい関係からだ。二人は2度のわたって共同の事務所や暗室を作っている。田村先生が亡くなった後は、渡辺先生の事務所の一隅には田村先生の遺影がいつも置いてあった。僕は渡辺先生が3度目の伊勢神宮の遷宮を撮影した時に、色々とインタビューをしている。その一部は1995年2月に刊行されている「JPS会報」98号に「伊勢の遷宮を3回撮影」として僕が撮った先生の写真とともに掲載されている。

木村恵一JPS名誉会員(中央)と渡辺義雄先生の娘さん(前列左)を囲んで。後列右からジャーナリストの新藤健一さん、写真家の酒井憲太郎さん、飯島さん、前JPS事務局長の清水さん、JPS専務理事の山口勝廣さんたち・・・・。
写真家・白川義員さんを囲んで。柏崎育三さんとその娘さんでJPS会員でもある柏崎秀美さん。僕と柏崎さんは、JPS会員となったのが1985年の同期であることから親しい付き合いをしている。
この日のオフシャルカメラマンは、JPS理事の加藤雅昭君(左)たち。
すでに60数年の付き合いが続いている二人。熊切圭介さんと木村恵一さん。いまでも二人の頭文字を取って付けた事務所「K2」は存在している・・・。お二人とも渡辺先生の教え子だ。
その親友同士の中に割り込んでパチリ~!☆ 僕もこの二人の先輩と親しくさせてもらって30数年の歳月が流れた・・・。いつまでもお元気でいてくださいね。 合掌
JPS名誉会員の齋藤康一さん(左)が遅れて参加した。後列中央は、写真家・榎並悦子さん。その左隣は前日本写真文化協会会長の大石さん。
(株)タムロンの執行役員で写真家の千代田路子さん(左)と、この日はヘア&メイクアップアーティストの眞月美雨さん。韓国料理「南大門」の店主・李ルセ君の店で遅い夕食を共にした~!☆
千代田さん、美しく髪をチェンジして( ^ω^)・・・。 記念写真をパチリ~!☆

ルセ君の奥さんの真理子さんも入ってさらにパチリ~!☆!☆!☆ 愉快な一夕でしたね。僕は、お酒が美味しかったので少々飲み過ぎてしまいました・・・。(ちょつぴり反省~!)

 


左から「風」編集長の鈴木渉さん、名古屋から参加している平元盛親君、塩崎亨君、中村咲さん、眞月美雨さん、新会員の海野裕士君、並木すみ江さん。並んでいる作品は平元君の新作。

渋谷区立勤労会館において写真研究会「風」の10月例会が行なわれた。参加者は僕を入れて9人。新入会員の長谷川俊樹君は、仕事の都合で欠席。しかし、作品を約50点ほど送ってきた。それぞれが近いうちの発表を目標にして、様々な形でまとめて来たので見ごたえがあり、面白かった。来年は「風」メンバーの発表活動が続くかも・・・・。僕も来春の写真集出版と秋の展覧会に向けて精進しなければと強く思った・・・。


終了の1時間前に到着した大久保美帆さん(奥の列の右端)の作品をみんなで合評した後、近くの居酒屋で懇親会を開いた。3時間ほど熱い写真談議に花を咲かせてお開きにした。12月例会も渋谷区立勤労福祉会館でやることに決まっている。恒例の「風」忘年会も例会後予定している。会員でない方もぜひ、ご参加くださいね~! 歓迎します~!☆


「風」会員の中村咲さんの個展が開かれている坂戸グランドホテルへ、同じく「風」同人の眞月美雨さんと出かけた。 中村さんは御年90歳とは思えないエネルシュさでこの日も午後から東北地方に3~4日取材へ出かけるから、お昼までには来てほしいとのことだった。裏磐梯を中心に紅葉と霜が狙いだという。帰って写真展の搬出をすませたら、今度は夜行列車で出雲地方に3~4日の撮影に出かける。そして11月中旬からは、中国西南地方の大涼山への取材と続いている・・・。咲さんのこの創作に対する意欲は、一体どこから湧き出るのだろうか・・・・。

今回の写真展「北の国から」は、カナダ、アラスカ、スーエデンなど5回取材した中からセレクトしたもの。本来は今夏にもう一回オーロラの撮影に行く計画だったが、直前に足首を痛めてキャンセル。「数日前だったということもあってキャンセル料を100万円も取られましたわよ~!」と笑っていた( ^ω^)・・・。
昼食を写真展会場のホテルで。咲さんの写真仲間のAさんと美雨さん。 ささやかな乾杯をした・・・。

ハ~イ! チ~ズ~!☆・・・・・。

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株式会社日立製作所が発行する「Realitas」(レアリタス)のVOl・16号から3号にわたって連載をしている。発行されたばかりの17号と18号のゲラを持って編集者の鎗田浩章さん(左)が訪ねて来た。連載は巻頭のカラーグラビア「辺境の息吹」シリーズの写真と文で、16号ではパプアニューギニア、17号はエクアドル-ガラパゴス諸島、次号の18号は、中国ー四川省・成都である。写真家の眞月美雨さんも遅れて合流し、ささやかな”ご苦労さま会”をした・・・。



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日中友好会館美術館で、昨日から始まり26日まで開催される四川省・成都を中心に行われている伝統芸能・川劇(せんげき)の写真展を烏里君と大岩さんとで見に行った。正直、期待外れではあった・・・・。


 

その後、青海省、甘粛省、内モンゴルの取材から2日前に帰国した烏里君と2人で飯田橋の蕎麦屋で一杯やった。この店は創業100年の老舗、江戸蕎麦を看板にしている尾張屋だ。現在の店舗は、46年前の東京オリンピックの年、1964年に建てたものだという。新そばの盛蕎麦を肴に、そば焼酎の蕎麦湯割りを3杯いただいた後、席を池袋の創業65年という焼き鳥屋へ移し、芋焼酎で飲みなおした。

1時間半ぐらいしてから、近くで仕事が終えたという写真家・眞月美雨さんが合流した。彼女は11月中旬から中国西南地方大涼山への僕と烏里君の取材に同行することになっている。その打ち合わせもあった。そしてこの24日から半月余り、またチベットの東部地方の取材に山岳写真家の川井さんたちと出かける烏里君の歓送会も兼ねての飲み会であった( ^ω^)・・・。

 

浦和駅そばの路地にあるライブハウス「浦和ナルシス」へ、京都の友・あらい舞さんのライブを2年ぶりに聴きに行った。前日15日の下北沢ラウンでの単独ライブに行けなかったのでどうしてもと思い、出かけたのだ。

彼女と初めて会ったのは、確か大阪の難波花月ホールだったと思う。毎年の大晦日に夜通しコンサートをして、初詣に参加者と行っていた亡き河島英吾さんのライブでだった。その当時の舞ちゃんは、「英吾組」のメンバーでキイボードとバックコーラスを担当していて、全国ツアーに参加していた。僕はある雑誌の取材で、ずーと英吾さんを追いかけていた。そんな事がきっかけで話すようになり、お父さん、お母さん、妹の祐子ちゃんと家族ぐるみの付き合いが始まった・・・。

ライブのポスター。

 

 

 

熱唱するあらい舞ちゃん・・・。(撮影はすべてシグマDP1 レンズ19ミリ F:2.8)

 

舞ちゃんと出逢ってから3年程たったに彼女のエッセイとカットと僕の写真でコラボしたフォト&エッセイ集『夜明けまでピアノを弾いて』(あけび書房/1.900円)が出版された。前年1年間は集中して取材した記憶がある。 僕はこの本の中で次のように記している・・・。

「一見、華麗な業界のなかでアイドルやスターとしてでなく、人びとの心のなかに夢を咲かせることができたらと10年間”歌づくり”一筋に生きてきた彼女に、昨今の若い世代に忘れられつつあるひたむきさを感じた。 以来、カメラのファインダーを通して、シンガーソングライター・あらい舞の仕事と生活を追求し、表現してみよう。そのことによって、美しく、強く、しなやかに光ろうと日々葛藤をくり返し、自立をはじめた女性たちへ共感のメッセージを送りたい・・・」。

還暦をとうに過ぎた歳になって読んでみると、気恥ずかしい文章である。

しかし、彼女のライブを聴いて2人でぶつかり合い、文字通り葛藤しながら一冊の本を作り上げていったあの若かった日々が走馬灯のように思い起こされた。それだけ彼女の歌は、僕の魂を、血を震わせてくれたのだ。2年ぶりにライブを聴いたが、年を重ねるごとに彼女の歌声もパフォーマンスも美しく、豊かになっていると感じた。明日は京都の八坂神社の新嘗祭での奉納ライブだという。次に舞ちゃんと会うのが一段と楽しみである・・・。

帰路、一緒にライブへ行った友と一杯飲んだ。煌々とした満月を見上げながら、久々に旨い酒をいただいた・・・・。 合掌

 

 

に土佐より戻ってから5日ぶりに外出した。「不肖・宮嶋」で知られている写真家・宮島茂樹君の東京での個展の最終日だったからだ。彼は公益社団法人日本写真家協会会員であるとともに、経済産業省認可法人の協同組合日本写真家ユニオンの創立会員でもある。今回の写真展は、フランス、イギリス、中国、ロシアなどを取材したスケール感のある”不肖・宮嶋”にふさわしい写真展だった。東京展は昨日で終了したが、から大阪で巡回展が開催される。ぜひ、ご覧ください。

宮嶋君(中央)とコラムニストの勝谷誠彦さん。彼は日本写真家協会の会員でもある。高知新聞写真部長の反田昭浩さんと宮嶋君は、日大芸術学部の写真科時代の同期だと聞いていたので「反田さんがよろしく言っていたよ」というと「あいつもうそんなに偉くなったのですか・・・」と驚いていた。
新しい表現をする写真家として、1970年代に彗星のごとく現れて期待されていたのに1883年、36歳という若さで突然、この世を去った写真家・牛腸茂雄の代表作30点を展示した回顧展。プリントが美しかった・・・。
銀座ニコンサロン、銀座キャノンギャラリー、フレームマン・ギンザ・サロンなどを巡ったあとAKIO NAGASAWAギャラリーへ行った。この日は14日から始まる「四谷シモン+細江英公 沢渡朔、加納典明」展のオープニング内覧会だった。来場者にあいさつをする沢渡朔さん(中央)。
出品者の加納典明さん(左)と写真家の坂田栄一郎さん。坂田さんは、2005年に僕と一緒に公益社団法人 日本写真協会賞を受賞している。ちなみにこの時の受賞者は、東松照明さん、奈良原一高さん、木之下晃さん、今森光彦君などそうそうたる人たちだった。僕をのぞいては・・・・。
四谷シモン作品を前に(株)東京印書館の人たちと。左から営業部係長の佐々木政美さん、代表取締役社長・下中直人さん、下中さんは(株)平凡社の社長も兼ねている。そして僕、一人おいて製版の技術責任者で、取締役の高栁昇さん。彼は今年度の日本写真家協会賞の受賞が決まっている。
写真家・加納典明さん。若かりし頃のポートレート作品はなかなか迫力があった・・・。

 

僕のライワークのひとつに「日本文学風土記」がある。このシリーズに取り組んでからすでに40年以上の歳月が流れている。全国47都道府県すべてを近現代の日本文学を切り口にして、日本の風土、文化、人々の暮らしなどを写真によって、記録・表現しようというアプローチである。

高知も何度か取材をしているが、今まで歌人・吉井勇については取材をしたことがなかった。勇は1931(昭和6)年5月に初めて土佐の地を踏んだ。46歳の時だ。その後、昭和8年8月に再び訪れ、のちに3年4か月余り暮らすことになる在所村猪野々集落(現香美市香北町猪野々)を訪れ、約1か月間滞在している。

高知市築屋敷に居を移し、再婚してここで約1年間の生活を送った。勇、52歳のときである。僕は吉井勇が土佐で過ごした4年余りの日々は、自然のなかで己を見つめた「人生再生の日々」として勇のそれから生き方にとっても、文学活動にとっても大きな転機となった重要な時期だったと思っている・・・。

 

 

今年8月に高知に来た時には、勇が「渓鬼荘」と名付け、3年余り暮らした庵の残る在所村猪野々を訪ねた。そこには昭和32年に建立された「寂しければ御在所山の山桜咲く日もいとど待たれぬるかな」の歌碑と吉井勇記念館があった・・・。

今回は、高知市内に残る勇のゆかりの地を巡ることとした。最初に訪ねたのは1956(昭和31)年、高知県内には10基ある勇の歌碑のなかでも、一番早く建立された筆山にある歌碑だ。写真は、筆山中腹から見た鏡川と勇が新婚生活を送った築屋敷方面。

 

筆山山頂にある「つるぎたち土佐に来たりぬふるさとをはじめてここに見たるここちに」の吉井勇歌碑(昭和31年11月23日建立)。

鏡川の川面にまるで筆の先ように映ることから筆山と名付けられたという。

伊野部淳吉邸がある高知市上町4丁目は、いまでも流れる川の上にテントを張って毎週火曜日に市が行なわれている。

「瀧嵐子つと入り来たりものを伝ふその門口のうつ木おもほゆ」吉井勇歌碑(伊野部淳吉氏邸の庭に昭和59年に建立)。碑の裏面にも「打たるるもよしや玉手に抱かるる君が鼓とならましものを」の歌が刻まれている。
「友いまだ生きてかあらむここちして土佐路恋しく吾は来にけり」と勇と入魂にしていた伊野部恒吉を追憶した歌を刻んだ歌碑が、上町5丁目の伊野部哲也邸の庭にある。現当主の哲也氏は恒吉の孫にあたる。高知県歯科医師会の常務理事という忙しい身でありながらも丁寧に案内していただいた。

吉井勇が千葉県人の国松喜三郎の長女・孝子と昭和12年10月から翌年10月に京都へ移るまでの1年間暮らした高知市築屋敷(現上町)。伊野部哲也氏によれば、ちようどこの辺りに住居があったという。目の前は鏡川が流れていた・・・。勇は爵位を返上し、伯爵柳原義光の娘・徳子と離婚してまでして、南国土佐に流れ着いている。歌人・吉井勇の胸には幾ばくかの思いが去来していたのだろうか・・・・。

もう6~7年程前になるだろうか。写真月刊誌「フォトコン」で紙上「小松健一の写真道場」という企画を3年間やったことがある。その中の一人の弟子だった出川雅庸さん(左前)たちが中心となって運営している玉野市文化祭「市民公募・写真展」に行ってみた。
写真研究会「風」同人の高田昭雄さんが40数年間務めた玉野市にある三井造船を見る。
宇野港。右手側に三井造船の全容が見える。高田さんにとっては青春時代そのものの、思い出が詰まっている土地だ。うの温泉に浸かって長旅の疲れを癒した・・・。
土佐・桂浜。ここは坂本龍馬の銅像で有名だが、吉井勇も幾度か遊んでいて歌を詠んでいる。僕が訪れた日は波が高く「絶対に浜には近づかないでください~!」としつこくアナウンスが流れていた。
龍馬像のすぐ左脇に建っていた吉井勇歌碑。「大土佐の海を見むとてうつらうつら桂の浜にわれは来にけり」(昭和32年建立)。
坂本龍馬像。裏の台座には次のような碑文が刻まれていた。「 時 昭和参年三月  建設者 高知縣青年 」ムム・・・。面白い~!☆
明日から龍馬の目線で太平洋の景色が見れるとかなんやらで、銅像のすぐ右わきに大きな櫓が建設されていた。せっかくの桂浜の景観を壊す!!・・・。 でも龍馬と記念写真。高知写真界の重鎮・恒石晃志さん、和田徳恵さんと岡山の写真家・高田紀美子さんと・・・・。

 

香美市土佐山田町逆川の山中にある龍河洞。ここへも吉井勇は来ている。僕が着いたのはすでに午後5時を回っていて入場はできなかった。山々に浮かぶ雲が夕日に色づき始めたので写真を撮っていると、従業員の女性が「もしかしたら県展の写真の審査の先生ですか?私、今回入選したのです。ありがとうございました~」と声をかけてきた。それで勇の歌碑のある場所や資料をもらえたのだ。ラッキーだったのである( ^ω^)・・・。

「絶え間なく石したたりてある程に百千劫いつか経にけむ」(龍河洞出口に建つ勇歌碑。昭和32年12月15日建立)

 

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羽田発13:40 ANA565便から見た雲間からの富士山。
約1か月ぶりの土佐・・・。高知龍馬空港に着陸する体制に入る。
空港には定刻の15:00に着いた。定宿にしている日航ロイヤルホテル高知の部屋からの夕暮れ。
日曜日なので、よく行く店はどこも定休日。明日早くはじまる審査のことを考えてホテルの最上階にあるレストランで一人で食事を取った。
ピアノ演奏や歌もやっていた・・・。
午9時30分から審査が高知市文化プラザの市民ギャラリーで始まった。8月に行なわれた第一次審査で1818作品の中から第二次審査に残った385作品と推薦作品3点、無鑑査作品6点を最終審査をした。写真中央は、作品を見る高知新聞社の反田昭浩写真部長。
昼食を挟んで午後3時前まで審査はかかった。特選5作品、褒状20作品、新人賞1作品、高知県美術振興会奨励賞1作品。そして第70回を記念した県美術展覧会大賞1点を選んだ。最後まで賞を争った作品を持って記念写真をスタッフたちと撮った。
高知新聞文化部のインタビュー取材を終えたあと、午後6時から高知新聞社本社ビルで審査講評と写真講座を行った・・・。
会場は100人を超える熱心な参加者でいっぱいになった。「ほとんど告知していなかったのにこんなに大勢集まるとは・・・」と世話役たちは驚いていた。
講演が終わってから市内の土佐料理店に席を移し、懇親会をした。あいさつと乾杯の音頭を取ったのは、県展無鑑査の長老写真家・恒石晃志さん(右から4人目)。

恒石さんとともに長い間、県展を支えて来た無鑑査写真家の岩崎勇さん。
僕から2人目は、高知新聞社写真部長の反田昭浩さん。左の2人は、蕎麦と酒「湖月」4代目店主・松木一朗夫妻。
左から2人目は、元高知新聞編集局の門田和夫写真部長。

左は県展無鑑査写真家で、第70回県展の代表参与をしている和田徳恵さん。右端は、日本リアリズム写真集団高知支部事務局長の北村富士郎さん。
ホテルから見た鏡川と高知市内。右の山は筆山。

ホテルの朝の食事は、豪勢でいつも食べきれない( ^ω^)・・・。

審査がすべて終了した翌日の。午前中早くから高知市内にある歌人・吉井勇のゆかりの地を4か所ほど訪ねて取材をした(これは次回で紹介する)。JR高知駅発14:13 の特急「南風」18号で岡山県の児島へ向かった。瀬戸大橋からの瀬戸内海。

夜は、写真研究会「風」同人の写真家・高田昭雄夫妻と友人の妹尾明子さんがあたたかい歓迎会を開いてくれた・・・・。

亡くなった写真家・中村昭夫さんや奥さんとも何度か来たことがある倉敷の美観地区の古民家でしている酒味処「菜の花」へ行った。僕が行った頃は先代の大将で、現在は娘さんの旦那が二代目を継いでいた。

8月に来た時にも集まった気心知れたメンバーなので、地元の肴で静かに語りながら飲んだ・・・。

 

瀬戸内穴子の白焼きなどを肴に・・・・。

5日の夜は、台風の影響で急きょ6日の午前中に写真教室が延期となったために、岡山・早島写真同好会の役員たちと懇親会をした。左から大森会長、会計担当者、林事務局長と講師の高田さん。

 

 

 

総勢30名の参加者。9時からみっちり午後1時過ぎまで。1人1人の写真を前に合評の連続。さすがに疲れた・・・・。この教室は、年に1回程度開いて来たので、今や早島写真同好会会員のみならず全県から参加者が集まるようになった。

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高知市内へ入ったら夕空がきれいだった・・・・。

彫刻部門の会場。

 

7日からオープンする県展の特別内覧会とセレモニーが6日の午後6時から各会場で行われた。僕は写真展会場となった高知市文化プラザへ出席した。680余人の参加者で賑やかだった・・・。

写真部門会場の最初に審査員である僕の作品が2点展示してある。「遥かなる チリ」の中から2作品をオリジナルシルバーアートプリントで展示した。

県展の褒状に入賞したり、新人賞や入選をした高校の写真部の生徒と顧問の教師が出席した。僕と一緒に写真を撮りたいというので作品の前でパチリ~!☆

とにかく土佐の写真愛好家は、イゴッソウとハチキンなのか皆、熱いぜよ~!!

カツオのタタキ。

サバ棒すしと穴子巻すしなど。

県展の前夜祭が終わったあと、県展の世話役や入賞者などとのささやかな祝う会に招かれた。岡山から来た高田夫妻も一緒に参加した・・・。
10月7日、高知県美術展覧会の初日。工芸部門の会場で。
。僕による作品講評会が始まる。あいさつをする高知新聞社文化事業局 文化事業部部長・文化センター長の栗山学さん。
食い入るように話を聞く参加者たち。

初日の講評会にも100人を超える人たちが参加した。この様子は7日の高知新聞夕刊1面に大きくカラー写真付きで報道された。
和田徳恵さんは、写真家だけでなく、先端美術作家でもある。泰泉寺徳恵の名前で県展に入選した「空観」。県展の常連であり、褒状入賞も果たしている(高知県美術館で)。
先端美術の入選作品の前で。
高知最後の夜は、もう30数年来の旧知のなかの和田さんと2人だけで、蕎麦屋「湖月」へ行った。四代目店主の松木一朗君と若妻の未来さんと二人できりもみしている。来年で創業80年というから高知市内でも老舗中の老舗であろう。2人とも写真をしており、今回ダブル入選を果たした。 おめでとう~!☆
蕎麦の旨さもさることながら、肴が良い。酒もそろえてある。この刺身は、3日と7日に僕が写真講評をしてくれたお礼ということで、ご馳走してくれた。ありがとう~!☆ カツオ、サバ、イワシなどの刺身が美味であった・・・・。 合掌
最後の一軒は、言わずと知れた割烹「ときわ」。前日も来ているので2日続きだ。でもやはり締めはこの店にしたい。大将の優しい笑顔ともしばらくは会えないからね。
いつ食べても旨いカツオの酢締め。

サバのあっさり酢締め。しかし、ほとんど刺身と言ってよい。この他に地牡蠣を肴にして、四万十川上流の栗で作る焼酎「ダバダ」で土佐の最後の夜を堪能したのである・・・・。

 

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に撮影。東チベット・情人海。標高4000m近い深い森に包まれたこの湖は、”恋人たちの湖”と呼ばれている。すでに秋の気配が漂っていた・・・・。

 

帰国翌日の、会わなければまた1か月ほど先になってしまうので、僕が烏里君の家の近くに出向いた。奥様と可愛い娘さんと中華料理の店で夕食を取った・・・。

この日は、僕は定期的に通院している眼科と内科の病院へ行ってきた。先日に呼吸器科の病院へ行ったので9月はこれですべて終了した。病院代は薬代も含めて相当な高額となり、貧乏フリー写真家にとっては非常に厳しい。年間で約30万円になるのだ・・・・。

 

娘さんは、両親の血を受け継いでか、絵も音楽も運動も得意・・・。とにかく元気がいい。「久しぶりのパパだから一緒に食事についてきたよ!小松おじちゃん~」と言った。彼女がまだ、お母さんのお腹の中にいた頃から知っているので、かれこれ10年ほどになるか。奥さんは早稲田大学大学院卒、烏里君よりもはるかに流暢な日本語を操る漢民族出身だ・・・・。

 

イ族出身の烏里烏沙君とは、面白い縁で巡り合った。以来10数年の付き合いだ。彼が公益社団法人 日本写真家協会へ入会する時の推薦保証人は僕がなった。海外取材も一緒にすでに10回以上は行っている。この日の打ち合わせも11月の中国・四川省大涼山の取材、来年のチベット取材ならびに、今年12月の銀座での写真展、来年秋に計画している新宿での写真展についてだった・・・。

11月の四川省・大涼山取材に参加を予定している写真家・眞月美雨さんも遅れて合流した・・・。

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